聴くヨガ始めます

yogaspaceturiya 聴くヨガ こころのヨガ

聴くヨガってなに?

聴くヨガは、数名のグループで開催します。

具体的な行動を記すと・・・

聴くヨガは、「話す」「聴く」「内側の反応を観る・知る」を、各人がそれぞれ繰り返します。
そして、「話す」が2回もしくは3回くらいのペースがいいかなと思っています。

いずれ、その時のテーマを決めるときもあるかもしれませんが
ベーシックなテーマは、「あなたのこころが動いたこと」

それは最近起こったことでもいいし、過去に起こったことでもいい。

過去に起こったことを選ぶときは、その事柄について
「もう少し自分の内側を見てみたい」
「どうしてあぁいう反応になったのかな?」
って、自分を知りたいや、仲良くなりたいからでもいいし

「消化できたようで、まだくすぶってるんだよな・・・」
「まだモヤモヤジクジクしてるけど、そろそろ軽くしたいな」
「独りで向き合ったり、探ったりするのはおっかないけど、なんとかしたいなぁ」
って、寄り添いを受けとりながら、自分に寄り添いたいと感じることを選んでもいい。

具体的なイメージを想像しづらいかもしれませんが、
私が共有したい時空間は、温かな思いやりを感じられる場で、ひとりひとりが安心して、わたしと仲良くなるために、内側に旅する時間。

話すことで、見えてくる

聴かれることで、感じ、浮かび上がってくる

誰かのエピソードを聴くことで、感じ、浮かび上がってくる

浮かび上がってきた事どもを話すことで、また見えてくる

その繰り返し・・・

その瞬間瞬間に「わたし」の内側で起こっていることを、安心して自由に話す(解き)放す
そして
聴かれるや寄り添いを受けとり、ぎゅっとなっていたこころがほぐれて、かろやかに動きだす
そんな循環が、ひとりひとりの中に その時空間に起こるのが「聴くヨガ」の時間です。

対面・オンライン どちらも開催していきたいと考えています。

yogaspaceturiya 聴くヨガの世界

「聴くヨガ」の世界 その1 「でも」「けど」から始まらない世界

「聴くヨガ」の世界観を紹介して行きますね。
その一つが「でも」「けど」「だけど」から始まらない世界と時間

家族や友達、誰かと話している時
会話の続きで話し始める時
「でもさ」「だけど」って言葉が続いてしまう時、ないですか?

しょっぱなには言わないなぁな印象かもだけど
一旦受け止めても、二言めに「でも」「けど」が続いている時
その話をした人には、何が起こっているだろう?

「あ!違うんだ」はまだいいとして・・・

「批判されちゃうのかな?」
「だめ?」
「え!なんでだよ」
と、ドキドキやかなしい、しょんぼりやイラッが生まれやすい

もしかしたら勇気を出して、話してみたかもなのに
「やっぱり話さなければよかったな・・・」
「やっぱりわたしはダメなのかな・・・」
「わたしは理解してもらえない・・・」
そんな気持ちになって、こころがギュとなって、また話すまで時間がかかったり、話さなくなってしまったりするかも?
それって、哀しいし、切ない・・・。

例えば、話し終わったとき
「そうなんだね」
「それは○○だったね」
そう言ってもらえたら、どう感じるかな?感じそうかな?

きっとホッとするんじゃないかな?
こころが喜びそうな予感がしませんか?

感じたこと 内側に浮き上がってきたものは、一人一人のその瞬間の事実で真実
誰にも「無い」にできないと想います・・・

「でも」や「けど」で会話を続けられたら、起こったことを「無い」にされたように感じがち。
そんな寂しいやかなしい、しょんぼりを感じることなく

自分の内側を
外側の世界に

自由に
安心して
その瞬間キャッチした言葉で表していく

そんな「わたし」にも参加している人にもやさしい時間と世界を

「聴くよが」の時間で感じてほしい
参加するみんなで作っていければと願っています。

聴くヨガの世界 その2 聴かれる喜び 聴く楽しみ

「聴くヨガ」の聴くは、二つあるなぁと思っています。

yogaspaceturiya 聴くヨガの世界

一つは、参加するみんなとの間で起こる「聴く」
一つは、自分の耳とこころに起こる「聴く」

その一つめの参加するみんなとの間で起こる「聴く」について紹介しますね。

「聴くヨガ」は、平和で穏やか、あたたかな時間 世界。

そこで起きているのは
「そのままのあなた」が、大切にされること。

「聴くヨガ」に参加する人たちにお伝えするお願いが一つあります。

それは、アドヴァイスや批判は、「聴くヨガ」の時間は、どこかにそっとしまっておいてほしい🍀ということ。

「聴くヨガ」の時間は、自由に「わたし」の内側を表現する時間。
「こんなこと話して大丈夫かな?」
「こんなこと言ったら、変って思われないかな?」
「こんな話をしちゃって、嫌われないかな?」

そんな不安は、部屋や時間の外に置いて
その時に浮かび上がった言葉を、安心して外側の世界に表現してみてほしい🍀

口から出た言葉や選んだ言葉、その温度、質感に
自分で「!」とびっくりしたり
想っていたこと、感じていたことと違うなぁと
もどかしさやモヤモヤを感じたりするかもしれないけれど

それをそのまま「聴かれる」「受けとめられる」とき、すごくホッとして、安心を感じやすい。

それは、温かく 居心地のいい巣穴で、安心しきって
まぁるく くるんと
アタマをカラダの中に埋もれさせちゃったような感じ。

一つ前の案内にも書いたことをもう一度書くと、
その人が感じたことは、その人にとって、その瞬間、事実で真実だと想う。

だから、大切にされたいと想う。
その「大切」は、まっすぐに「聴かれる」「受けとられる」とき、感じることができます。

その人が選んだ言葉、表される質感、温度などなど・・・
表されてから「え!ちがった?」とその人が思ったとしても
それは、その瞬間の真実
だから、大切にしたいと想う。

「大切にしたい」と想うとき、それはこころが反応しているとき。
だからアタマが反応して出てくる言葉やアドヴァイスは、「聴くヨガ」の時間では、そっとどこかにしまっておいてほしい。

「聴くヨガ」の「聴く」は

こころで聴く

こころで聴かれる

そのままのわたしを

そのままのわたしが

聴く

聴かれる

受けとる

受けとられる

参加する一人一人が、大切にされ、大切にする時間
「有る」に満ちた時間 世界です。

聴くヨガの世界 その3 わたしを聴く こころを聴く

yogaspaceturiya 聴くヨガの世界

聴くヨガは、グループで開催するので、人に「聴かれる」や人の言葉を「聴く」など「誰か」の存在と共にあります。

そして、もうひとつ。

わたしが表現する言葉=音を「聴く」
言葉として表現することどもが在る こころを「聴く」
そんなシーンがあります。

一つ前に「人」と共にある中で、なにが起こるのかを書いてきました。
ここでは「わたし」になにが起こるのかを書きたいと思います。

ひとつめは、わたしが表現する言葉を「聴く」こと。

「耳」は閉じること 蓋をすることができません。
半分に折って、餃子みたいな形にしたりはできるけれど
耳栓をしたら音は小さくなるけれど、
日常の空間で、全く無音にすることは難しい。

わたしが、わたしの表現する言葉を聴くことは、音を聴くこと。

その音は、どんな高さや低さで表されているかな?
どんなスピードで表されている?
どんな質感かな?
こころに風が吹き抜けていくような感じや滑らかに流れていくような感じ
ざらっとした感じ、トゲトゲした引っかかるような感じ・・・などなど

どんな温度かな?
こころが解けたり、緩むような温かさ
ゾクっとするような冷たさや、なんとなくひんやりを感じるかも?

どんな色を感じるかな?
どんな感情を感じるかな?

音と音の間、言葉と言葉の間は、どんな空気や呼吸を感じるかな?

そんな風に、自分が表現する音を聴くとき、わたしは何を感じるだろう?

わたしは、わたしの中に何を見るだろう?

そして、二つめ。

わたしはどんな言葉を選んでいるだろう?

自分の内側にあることどもを表すときに選ぶ言葉。
ふと感じるままに表された言葉は、その瞬間、その人の真実だと想う。

感じて、頭で考えて、選んで表される言葉も
意識することなく、こころからそのまま表される言葉も
どちらもそのまま受け取ってみてほしい。

自らが選んだ言葉の温かさにホッとしたり
そこに溢れ出るものに優しさを感じたり
或いはギョッとしたり
その隙のなさや正しいの感覚に驚いたり

選んだ言葉を聴くことは、こころを手のひらに包みこむようにじっくりと見ること。

その選んだ言葉たちを、選べた言葉たちを、自分の耳で、注意深く聴くとき
わたしはわたしのそばに、寄り添う。

自らが選んだ言葉を聴くことで、本当はこんな風に感じていたんだな・・・

こんな感情が生まれていたんだ・・・
本当はこれを伝えたかったんだな・・・
あぁこの言葉と想いの間には、温度差があるな・・・
本当はこの言葉を渡したかったんだな・・・

そんなことに気づくことがあります。

そして、「わたし」が表現した音 言葉を、人の言葉を通して聴いた時(これがわたしの役目のひとつ)、そこに「聴かれる」ことで寄り添われるを感じたり、違いを感じる。

寄り添われることで、さらに安心して「わたし」に寄り添い、眠っていたり、隠れていたことどもが、恐る恐るやひょっこりと表される。
或いは安全な空間と時間の中で「違い」を感じることで、「わたし」が本当に感じていたこと、表したかったことが、より明らかに際立って見えてくる。

「聴くヨガ」は、こんな風に「わたし」と仲良くなるツール。

嬉しいとき、わわわわわっと話す人がいる。
喜びを噛みしめるように、ゆっくりゆっくり話す人がいる。
興奮ぎみに 速いスピードで話す人がいる。
ゆったりと寛いだ呼吸が感じられるように話す人がいる。
明確に、ハキハキと話す人がいる。
訥々と、思い出しながら、味わうように話す人がいる。

それぞれが、「わたし」を感じながら、話すその姿は、とても誠実で素直で美しい。
そんな「わたし」に、「聴くヨガ」の時間にたくさん出逢ってほしいと思っています。

「聴くヨガ」に興味を持たれた方は、イベント開催を定期的に行なっていくので、イベントページやblogの「お知らせ」にて、開催日時をご確認ください。

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